The Bellerive2 jan202019

「国際化」と学問の独創性--元タイ留学生の見たニッポンーー (終了)

Japan and culture

今後の改善に向けて

タイ、米国、日本の三力国で学生と教員を 験してきて思うのは、タイと日本とではかなり共通な課題をかかえているということである。

タイでも日本でも受験勉強は、本来の勉学の興味、楽しさや発見の新鮮な驚きと喜びとは別の世界のものである。そこでは答は必ずあるものであり、答が見つからないのは、その子供の能力が足りないからだと見なされる。しかし、現実の世界には答がまだ見つかっていないものが山ほどあるし、二つも三つも正解があるものもある。

多肢択一式試験に慣らされてきた若者たちが、果たして大学で学問の楽しさを理解したり、あるいは、社会に出て組織内外の人たちと有効なネットワークを築いて良い仕寧をしていけるのだろぅか。ことに、国内だけではなく世界の人々と協調して、あるいは競争してやっていかなければならない局面に立たされたとき、これからの若者たちが文化や価値観の異なる人々と、うまく共生社会を築いていけるのだろか。これは、タィと日本に共通の問題なのである。

また、日本政府は留学生の受入れに熱心であるが、教育の現場では、果たして日本人学生留学生とが相互に学び合い、刺激し合う機会は十分あるのだろうか。そういった場を大学は用 意し、多くの教職員や大学を取り巻く地域の人々は、それに積極的に関わってきているのだろうか。異文化は排除するものではなく、相互に視野を広めるために欠かせない刺激剤である。自らのものとは異なる価値観は混乱の原因ではなく、多様な世界を理解し様々な人間のあり方を知り認め合うために重要な素材である。

しかし、一般には異質なものや独創的なものは差別され排除される傾向にあり、同質なものは寄り集まりたがってきた。人間自身も文化自体もそぅであった。

しかし、そのことが相互の誤解、誤った先入観、いわれのない偏見を私たちの心に招き入れ、人種間や民族間での憎悪を育ててきた。これを改善できる可能性がある手段の一つが、本来は教育と学術研究なのであり、その意味で、教育と研究の真の国際化はきわめて重要なことなのである。

これからは、それらの改善に向けた具体的な アクション•プランを作る努力が緊急の課題となると考える。このことなしに、日本社会の国際化も、アジアや世界の人々の心の国際化も、そして相互の理解も実現し得ないのではないのか

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